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美しい文章を学ぶには (2)

 これらの作家の文章について、本当に美しい表現に接したいなら、現在、出版されている新字・新かなづかいのものではなくて、昔のままの表記で書かれたものがいいと思います。連綿とうけつがれた漢字やかなづかいを改めたのは戦後の国語改革でした。
 明治初期、すすんだ西洋文明に触れた日本人は、過去を捨てようとしました。日本が西洋文明に追いつくためには、日本語も西洋のことばのように音標文字(意味に関係なく音を表す記号として使う文字)を利用し、時代おくれの漢字を廃止しなくてはならない、と考えたのです。そのため明治三十五年には、国語改革をおこなうための機関として国語調査委員会(のちの国語審議会)が設置されました。第二次大戦中も、占領した国で日本語を広めるためには、もっとやさしくしなくてはならない、という考えから国語改革論議がさかんだったんです。日本語の文章を縦にではなく、横にも書くようになったのは、このころですね。
 戦後も日本語をやさしくしようという考えは変わりませんでした。それどころか、敗戦のショックから、過去の自分たちとのつながりを断とうとする動きも活発になって、ついに昭和二十一年には1850字の「当用漢字表」と、発音に基づいた「現代かなづかい」が公布されました。ところが、当初の目標である漢字の廃止にはすすまず、文字の形や送りがなに関する改訂を経て、いまの表記に至っているのです。

 国語改革をはじめたときには、これから新しい表記にするということで、昔のものまで変えるという趣旨ではありませんでした。ところが、新しい表記で教育を受けた人にとっては、当然昔のものは読みにくい。それで過去のものまで新しい表記に書き直してしまうようになりました。しかし、昔の作家が書いた文章というのは、その人が、美しくあるように苦心して書いたものです。そのままのほうがいいに決まっています。表記を改めることは、一種の翻訳なのです。
 国語改革の一環として漢字を略字にしたときに、それまで使い分けられていた二つ、三つの字をひとまとめにしてしまったことも大きな問題です。たとえば「餘」と「余」は、本来別の意味をもつ文字であったのに、現在は「餘」の略字体としても「余」の字を当てています。かつて、「餘」という字は「あまり・そのほか」という意味で、「余」という字は「自分・わたし」という意味で使われていました。ところが昭和も二十年以降になると、自分のことを「余」とは書かなくなった。それで「余」という字に使いみちがなくなったから、「餘」という字を略字体にして、「余」に一本化したわけです。でも、昔の人の書いたものまでそうしてしまうと、「余は」と書いたものが、「そのほかは」という意味なのか、「わたしは」なのか、もともとの文字がもつ意味を知っている世代まではわかりますが、じきにわからなくなってしまうでしょう。「藝」と「芸」、「缺」と「欠」などもそうです。
 そもそも書きことばというのは、同じ表記だから、時代が変わってことばが変化しても意味を伝えることができるわけです。その表記を変えてしまっては、自分たちの民族が書き残したものを読めなくなってしまいます。これは重要なことでしょう。過去が立派であったかどうかにかかわらず、私たちは過去とのつながりの上にしか立つところがないんです。過去から切り離されたら、民族としてのよりどころを失ってしまいかねないと、危惧するのです。昔の本を、現在の表記に改めるなら、元の表記の本も出し続けるべきだと思います。実際には、終戦後一斉に新字・新かなづかいの本になったわけではなくて、昭和三十年代くらいまでは昔のかなづかいの本が出ていましたから、図書館や古書店に行けば、見ることができるでしょう。ぜひ、一度そうしたものを手にしてみてください。
(つづく)

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