戦争中の映画 (2)

 『戦時下の日本映画』と『大東亜戦争と日本映画』を読んで驚いた。
 この二冊には津村秀夫が頻繁に出てくる。他の批評家の名前も出てくるが、他の批評家全部あわせても津村一人にとてもおよばぬほど、断然津村がよく出てくる。戦争中の映画評論を背負って立っていたと言っていいほどである。
 津村の批評は辛口である。日本国家にとって日本映画そのものが駄目なのである。出てくる映画出てくる映画片端からけなす。櫻本著の引用の一部を左に引く。『映画旬報』昭和十八年七月二十一日号である。
  〈…恰〔あたか〕もわが国未曽有の国家的危局に直面して、計らずも骨髄を蝕まれたる日本映画の醜状を今日暴露したものといへるであらう。(…)直接戦力増強といふ一点に映画政策の目標を集中して、一大英断をくだすべき秋である。今日の日本には有つても無くてもよいやうなもの、又は比較的無害なるものといふ風なものの存在は許されない。(…)「暖き風」「戦陣に咲く」等の怪映画も「あさぎり軍歌」も有害であるが「音樂大行進」「ハナ子さん」「兵六夢物語」「若き日の歡び」等の一連のアメリカニズムの色彩ある東宝的企画も亦、これに次いで有害無益である。〉
 以下、「幽霊大いに怒る」「サヨンの鐘」「むすめ」「戦ひの街」「家に三男二女あり」「男」「愛の世界」「歌行燈」「風雪の春」「華やかなる幻想」「開戦の前夜」「家」「ふるさとの風」「海ゆかば」「敵機空襲」「シンガポール總攻撃」「マライの虎」などをすべて「駄映画」「二流作品」と言っている。つづいて、
  〈一八年度は半歳を経て漸く得たものが一本である。約三十数本の中で「望樓の決死隊」が僅かに映画作品としての体を成してゐるのみである。何んといふ惨状であらうか。「姿三四郎」もその中では一種の力作で魅力もあるが、ここにもアメリカニズムは払拭されてゐず、あのだらしない結末では低脳映画と申されても致方がないであらう。〉
 津村秀夫がたった一つほめている「望樓の決死隊」は今井正の作品で「朝鮮国境警察官夫婦(高田稔、原節子)の物語」とのことである。今井正なら戦後再上映されたんじゃないかと思うが、わたしは全くおぼえがない。
 ところが津村秀夫は敗戦を境にコロリと変ったらしい。古川著から引く。文中引用されている津村の文は『映画評論』'45・9、まさしく敗戦直後のものである。
  〈評論家たちの方は、国策映画を推奨し続けてきた津村秀夫のように、「日本映画に今まで思想がなく、主張がなく、批判のなかった一半の理由は、たしかにあの永年の検閲制度のお蔭には違ひない」、「映画界は近い将来に宗教的といひ得るほどの崇高な感情を盛つた日米親善映画を創造する位の決断力があつてほしい」などという豹変ぶり(大衆蔑視は相変わらずだが)を示す者もいたが、…〉
 敗戦を境に言うことが変った人のことは時々聞くが、これほどケロリとした「豹変」もめずらしいんじゃなかろうか。戦後のわれわれ映画好き中学生は、こんな人に導かれていたのかと思うとなさけない。
 なお津村秀夫は外部の寄稿者として『週刊朝日』に映画評論を書いていたのではなく、いつからかは知らないが『週刊朝日』の編集長であったらしい。つまり朝日新聞社の人だったのである。

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