中国のことば ― 漢語と非漢語 (1)

 ある本の冒頭第一ページ第一行にこう書いてあった。国語学史の本で筆者は国語学者である。
  〈「国語」に相当する言葉は英語などのヨーロッパ語には無い。英語はEnglish、フランス語はfrançais、ドイツ語はdas Deutsche などと言い、その言葉そのものを外から指す語である。これに対して、「国語」という語は、中国・韓国で普通に用いられる。もちろん中国では中国語、韓国では韓国語を指す。〉
 わたしは韓国のことは知らない。少くとも中国では、「国語」という語が普通に用いられる、というようなことは決してない。「国語」ということばもないと言ってよい。後述。
 あきれていたら、また別の国語学の本にもこう書いてあった。筆者は学者である。
  〈「国語」に当たる単語が用いられているのは、中国のほか、韓国と北朝鮮だけかもしれない。「国語」をその言語音で読んだgugə がそれである。〉
 これはまた、ここに書いてある日本文だけでも、読んだ人は「何だこりゃ?」と思うだろう。中国と、韓国・北朝鮮と、言語が同じでないことは誰でも知っていよう。「その言語音で読んだgugə がそれである」と言う「その言語音」とは何なんだ?
 またもちろん、中国で「国語」にあたる単語が用いられている、ということはない。
 どちらも、レッキとした日本の国語学者が国語学の本に書いていることである。いやもちろんわたしは、国語学者であるからには中国語や韓国語を知れ、なんて言ってるわけじゃないよ。国語学の本なんだからよその国のことを知らなくったってかまわない。中国や韓国のことなんかをついでに、あるいは話のとっかかりに気楽に、言わなきゃいいのである。
 わたしは韓国・北朝鮮のことは何も知らないが、もしかしたらこういうことがあるのかもしれない。全くの想像ですが――。
 二十世紀の前半しばらく、日本(日本軍)が朝鮮半島を侵略支配した時期があった。学校で日本語を教えたから、いくらかの日本語が流入したかもしれない。その一つに「国語」ということばがあったのかもしれない。上に引いた文の中に出てくるgugə というのはその韓語読みなのかもしれない。いや、知りませんよ。全くの想像です。だけど「国語」の二字を中国語で発音してもgugə にはならないから、そういうことなんじゃなかろうかと思っただけです。
 どっちにしても上に引いた文はデタラメである。一つめは内容デタラメだし、二つめは内容だけでなくそもそも文になってない。

 しかし、かりにも学者とあろう者がこんなことを気楽に書くのは、もしかしたら、かなりの数の日本人が漠然とそう思っているのかもしれない。
 それで思い出したことがある。何で読んだのか忘れたが、日本人は一国一語観念がある、というのですね。国ごとにその国の言葉があるという感覚だ。
 江戸時代、ふつうの日本人は外のことを知らないし興味もないが、オランダ人はオランダ語をしゃべる、ということを知る人は少しはいたかもしれない。幕末明治初になってアメリカ人・イギリス人が来て英語をしゃべった。ドイツ人はドイツ語をしゃべり、フランス人はフランス語をしゃべった。ふつうの日本人の知識に入るのはそこまでである。国ごとにその国の言葉、という通念ができた。
 戦後全国に多くの大学ができ、入学生は外国語を二つやることになった。一つめは英語、第二外国語はドイツ語かフランス語か中国語である。実際に第二外国語として中国語をとった者は少なかったが、これも「中国語」という呼称を親しくし、ドイツ語やフランス語と同類、という一国一語観念の形成にあずかったかもしれない。
 実際には地球上の各地域で人がしゃべっている言語は何千種もある。国の数は百あまり、二百たらずである。平均しても一つの国の中で地域によって人々がしゃべっていることばは二十も三十もあることになる。こんなことの平均値を取ってもあまり意味はないが、一国一語でないことはたしかである。スイスは小さな国だが、地域によって言語は異るそうだ。スイス語、という一つの言語があるわけではない。アメリカ合衆国の大部分の人は英語をしゃべっているのだろうが、英語以外の、地域によって話されている言語は百以上あるとのことである。国中みんなひとしく日本語をしゃべっている日本が特別なのである。

(つづく)

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