戦争中の新語 (3)

 漢字新語は無尽藏と言っていいほどあるが和語の新語はほとんどない。それも古語の復活再利用のみ。漢字はくみあわせればいくらでも新語を作れるが、和語はその手がきかない。古語復活しかないわけだ。
 最もよく言ったのが「うちてしやまむ」(撃ちてし止まむ)。幼稚園の卒園写真の背後に大きく書いてあることは以前書いた。古事記に出てくるそうだ。あとは「みいつ」(稜威)、「しこのみたて」(醜の御楯)くらいのもの。
 別格として「もんぺ」をあげている。種々の呼称があるのに「どの言葉も斥けられ、由来のはっきりしない、東北のもんぺ〔ヽ丶丶〕が、防空演習の普及と共に、全国的に行渡り、立派に標準語化された」と書いている。珍しく著者が好感を持つ戦中新語なのである。
 当時の女は、子供を別とすれば、皆着物(和服)である。しかし防空演習はバケツリレーをやったりはしごをのぼって屋根に水をまいたりするのだから、着物のままではやれない。それで日本中の女がもんぺ姿になったのである。戦後、女優の山口淑子(李香蘭)が、わたしはもんぺをはかなかった、と言っていた。断乎もんぺをはかない女が一人いたわけである。
 なお右引用部分だけでもこの著者が戦中時局新語が好きでないことがわかる。「防空演習」という新語を用いている。ならば同時に、警戒警報、空襲警報、敵機来襲、高射砲、撃墜、などの語も聞き知ったはずである。しかし書いていない。故意に無視した可能性がある。
 カタカナ語がたくさん出てくる。子供たちがよく読みもし言いもしたのはジャングルである。この本には「ヂヤングル」と書いてある。日本の兵隊さんが進撃した所である。
 母がよく不満を言っていたのはスフである。つめたい(肌ざわりが)とかしわが寄ったらもどらないとかであったと記憶する。上に言った純綿の反対語である。ステープル・ファイバーstaple fiber(人造纖維)の略だそうである。木綿は軍服になって一般人はスフが配給されたのではなかろうか。
 スフのような略語もいろいろあげてある。「モガ」、「モボ」、アフレコ、いみしん、うなどん、のんとう、あたぴん、など。
 「代用品型(又は、国産型)」として英語(カタカナ語)を漢字語にしたと称するものが数多くあがっている。今見かけるのは「放送員」(アナウンサー)「報道」(ニュース)くらいのものである。
 こういうのはたいていナンセンスである。ふつうの日本人は、自分たちがしゃべっていることばのうちのどれが西洋由来なのか知らないし意識してない。上に言ったスフでも、肌ざわりの悪い衣料としてスフを知っているだけで、それがステープル・ファイバーの略だなんて知らない。われわれ子供も周囲も、ボタンとかポケットとかシャツ、パンツ、ハンカチなどいくらでも言っていた。「エンジンの音ごうごうと」とか「デッキの上で」とか「マストの上に」とかの歌もはやっていたから軍隊でも使っていたのだろう。敗戦の際の天皇の詔勅も「国民みなラジオを聞け」と言われたのだから国家も使っていたわけだ。政府が公式に英語を使うなと命じたことはなかったんじゃないかと思う。

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大変懐かしく、また面白かった。
私がうろ覚えの歌を高島さんはきちんと覚えておいでである。年齢もあるが記憶力の関係もあると思う。
この著者がことばについて強い関心を持ったのはなぜだろうか。それを知りたい。

教養の原義

「教養」の原義ですが、教育修養ではなく「教育涵養」かと存じます。手元に本が今ないので正確を欠くかもしれませんが、筒井清忠『日本型教養の運命』1995岩波書店に、明治時代の教育涵養がのちに略されて教育になったといくつかの文献を挙げて述べられていたように記憶しています。
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