戦争中の新語 (2)

 この本は漢字四字の新語からはじまっている。これがたくさんある。多くは耳におぼえの語、学校にあがったころのわたしのまわりにあふれていた言葉である。今の人は、時勢が全くちがうから字を見ないと意味がわからないだろうが、当時は耳から入ってまちがいなく意味がわかった。ただしもちろん、どれが新語であるかは知らない。「新語」なんて高級概念がわかるわけもない。
 まわりにあふれていた言葉はいっぱいあるが、中でも一番はやはりベーエーゲキメツ(米英撃滅)でしょうね。学校にあがってから、朝礼の時の校長先生の話にも「米英撃滅」ないし「米英」は毎日のように出てきたと思う。
 わたしだけでなく当時の子供は誰でも、この言葉がわかり正しく理解していた。しかし誰かに、ベーとはアメリカです、エーとはイギリスです、ゲキメツとはやっつけること、叩きつぶすことです、など分析して説明してもらった記憶はない。ベーエーゲキメツというかたまりで正しく理解していた。それが言葉というもののふしぎな、おもしろいところですね。子供は言葉について、いちいち分解説明してもらって理解しおぼえるものではない。かたまりのまま、何回も聞いているうちに自然におぼえ、正しく理解する。世界中どこの子供もそうでしょう。
 この本には米英撃滅は出ているが「鬼畜米英」は出てこない。これも戦中後期によく言われるようになった言葉なのだろう。なお加茂先生は、大東亜戦争以前には「英米」が常であったと注意して下さっている。アメリカが主敵なので順序が入れかわったのですね。
 米英撃滅が聞く言葉、言う言葉だとすれば、「一億一心」は主として見る言葉、書く言葉であった。われわれは一年生に入った初めから習字の授業があった。最初は無論カタカナで、「ヘイタイサン」などと書いたのだが、一億一心は初めから漢字であった。当時の子供が最初に習うむずかしい筆画の多い漢字は「億」であった。
 米英撃滅は主として耳から、一億一心は主として目からだが、この二つはセットであった。米英撃滅は外にむかっての語、一億一心は日本国民自身についての語であって、これが二大スローガンだったと言ってよかろう。
 米英撃滅や一億一心のような漢字四字の語は数多くあり、この本もたくさんかかげている。この二つに劣らぬくらいよく言ったのが「武運長久」である。特に出征兵士を送る時には必ず言った。大きな字で「武運長久」と書いたタテ長の旗も必ずついていた。なおこの「出征兵士」も四字ひとかたまりのよく言った語である。
 対してわれわれ子供がよくやったのが(やらされたのが)「勤労奉仕」である。馬糞拾いや松根油掘りなど別の所でも書いた。
 四字以外の漢字語も数々ある。「大本営発表」は五字である。よく聞いたし子供たちも何かにつけふざけて「ダイホンエーハッピョー」と言ったものだが、この本には出てこない。十七年ごろには多くなかったのだろうか。
 二字のものは「近来著しく目にし耳にするもの」として十数語あげている。母がよく言っていたのは「純綿」、われわれ子供がよく言ったのはゴーチン(轟沈)である。
 敵艦を沈めるのは撃沈であるが、それがあっと言うまに沈むのが轟沈である。アメリカの軍艦をしょっちゅう轟沈しているように伝えられ、子供たちはそう信じていたのである。轟沈の歌はよく歌った。七十年後の今でもすらすら歌える。
  轟沈 轟沈 凱歌があがりゃ
  つもる苦労も苦労にゃならぬ
  うれし涙に潜望鏡も
  くもる夕日の くもる夕日のインド洋
 潜水艦の歌である。インド洋なら米艦ではないが、そんなことは知らないし気にしなかった。
実はこれは二番である。ついでに一番もあげておこう。
  可愛〔かわい〕魚雷といっしょにつんだ
  青いバナナも黄色くうれて
  男所帯は気ままなものよ
  ひげもはえます ひげもはえます無精ひげ
 三字でよく言ったのは「生命線」「総動員」。生命線は切実な言葉だが総動員は「家中総動員で大掃除」などと気楽によく使う。
 最も長いのとして「月月火水木金金」をあげてある。これも歌があってよく歌った。
  朝だ夜明けだ 潮〔うしお〕の息吹〔いぶき〕
  ぐんと吸いこむ赤銅色〔あかがねいろ〕の
  胸に若さのみなぎる誇り
  海の男の艦隊勤務 月月火水木金金
 もちろん敵と戦っている軍艦には土曜も日曜もないという歌である。
 下または上に特定の語のつく新語がいっぱいあげられている。たとえば「部隊」が、銀輪部隊、稲刈部隊、難民部隊など数十語。そう言えばマレー半島あたりの日本軍の自転車部隊の写真をよく見た。あとで考えればトラックなどのガソリン使用車が日本軍には不足だったということだが――。難民部隊は南方日本軍進出地の現地人集団だろう。稲刈部隊は男が出征して女手ばかりになった農家の繁忙期に学生などが手伝いに行くことだろう。
 「人」が、映画人、国際人、財界人、社会人など多数。その他下につくのは「譜」「戦士」「風景」「街道」など。街道は重慶進攻街道のようなのもあれば結婚街道などもある。
 上につくのは「豆」(子供関係)、「弾丸」など。そう言えば弾丸切手や弾丸列車はよく聞いた。

(つづく)

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