新懐旧国語辞典

出久根達郎『新懐旧国語辞典』 (河出書房新社)

〈昭和の香りがする言葉のエッセイ集〉

 言葉に関するエッセイである。
 毎項ちょうど見開き二ページ。『セピア色の言葉辞典』(文春文庫)と同じ連載を本にしたものなので、あわせて御紹介申しあげます。
 著者の出久根さんは、無論作家だが、もともと本業は古本屋さん、高円寺「芳雅堂」の御主人である。昭和三十四年、茨城県から集団就職で東京へ出て、古本屋の小僧さんになった。当時の「金の卵」の一人である。
 商売物の本を、お客さんに売る前に読んで、抜き書きを作る。そのノートが数百冊たまった、とある。勉強家の古本屋さんなのだ。
 だから、昔の本や雑誌に出てくる言葉の話がいろいろある。たとえば、「ゴマン」というのは昭和十三年の『江戸と東京』という雑誌に見えるそうである。
 数の多いことを、なぜ「ゴマンと」と言うのだろう?
 戦前の子供の、日露戦争をうたった数え歌に「五万の兵をひきつれて」とあった。これが出処とは言わないまでも、数が多いことを「五万」と言った例証にはなるんじゃないかと思うのだがいかがでしょう?
 江戸時代からある言葉、というのもいろいろ出てくる。意外なものが多い。「大都会」という言葉が「縁日で草の名を知る大都会」と川柳に出てくるそうである。「現ナマ」も江戸時代からある。
最も意外だったのは「薩摩守〔さつまのかみ〕」(只乗〔ただの〕り)だ。この本を読む前にもし人からきかれたら、「そりゃ汽車ができてからの言葉にきまっている」と答えたことだろう。出久根さんもそう思っていたよし。
 もとは乗合舟の只乗りのことだったのだ。辞書を見ると、室町末―近世初の狂言「薩摩守」に「舟にただ乗を、さつまのかみと云は、ただのりといはふがためじゃ」とあるのを引いている。そしてこれが「ただ」という語の現存文献初出でもあるらしい。
 わたしは播州(兵庫県西南部)の者だが、茨城と関西ではずいぶん言葉がちがうようだ。「ペケ」と「スカ」の意味がわからなかった、とある。
 しいて説明すればペケは×でありスカは外れであるが、関西ではこれはそういう説明や言いかえの必要をだれも感じない言葉である。基礎語彙とはそういうものだ。「しんどい」を説明せよ、言いかえよ、と言われたら関西の者は困るだろう。
 茨城にもそういう,言いかえたらニュアンスがちがってしまう言葉がいろいろあるだろうが、出久根さんは「茨城弁だけは好きになれない」のだそうである。少年のころ東京へ出て商店員になって、お客に苦情を言われた。茨城栃木は無敬語地帯で、客商売には不向きなのだ、とある。
 ある時何かの話で「背中をどやす」と言ったら笑われたので、「どやす」は茨城の方言だと思い、人前で口にするのをやめた。のち江戸の川柳を読んだら出てきた。なんだ江戸でもつかっていたのだ、とある。
 「どやす」が笑われたとは奇妙だ。イントネーションが変だったのであろうか。昭和三十年代ごろの集団就職の少年少女は言葉の面でもたいへんだったのだ、とわかる話である。(『文藝春秋』’10.11)

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

たかしまとしお

Author:たかしまとしお
高島俊男「お言葉ですが…」ブログへようこそ!
ここでは「お言葉ですが…」の最新原稿と単行本未発表の書評などを掲載します。

単行本著作一覧・連載記事一覧は下記リンク欄をクリックしてください。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク