脱北、逃避行

野口孝行『脱北、逃避行  NGO日本人青年の脱北者支援活動と中国獄中243日 』 (新人物往来社)

〈中朝国境からベトナムへ――。運命を分けたものは〉

 脱北者、とは無論北朝鮮から脱出した人である。脱北者は必ずまず中国へ脱出する。とりあえずはそこしか逃げるところがないからである。しかし中国は安住の地ではない。中国の公安(警察)は脱北者を見つけるとつかまえて北朝鮮へ強制送還する。強制送還されると拷問や投獄が待っている。だから脱北者はさらに中国から国外へ逃げなければならない。
 著者は、中国へ逃げ出してきた脱北者を国外へ脱出させる活動をしている日本の組織「北朝鮮難民救援基金」の活動家である。無論日本政府の援助はない。民間の善意の人々の組織である。同じ活動をしている韓国の組織も多くある。こうした活動は中国では非合法なので公安に見つけられると逮捕投獄される。危ない活動である。
 昭和の三十年代から四十年代にかけて、十万人近い在日朝鮮人が、北朝鮮は地上の楽園という朝鮮総連の甘言にのせられて北朝鮮へ渡った。行ってみると楽園どころかこの世の地獄であったので、多くの元在日朝鮮人が日本に帰りたいと願い脱北を試みる。「基金」が援助しているのは主としてこの人たちである。
 脱北者を国外へ逃がすには実に多くの人の助力と費用が要る。助力者は善意の人ばかりではなく金もうけ目的で手引きをしている人も多い。それらに支払う金もずいぶん要る。
 この本の内容は大きく二つにわかれる。一つは成功の記録、一つは失敗の記録である。
 成功のほう。これは北朝鮮へ渡った時高校二年と八歳であった元在日の姉妹である。この二人は中国に潜伏していた期間が長く、そのあいだまともに食事をしていたので、日本から持って行った衣服と化粧品で身なりと化粧をさせると、日本語は話せるし、まったく日本人観光客に見えた。
 この二人を、中国語と朝鮮語と日本語が話せる中国朝鮮族の協力者(女)といっしょに、東北のハルピンから南西の広西まで鋏道でつれて行った。現地人ブローカーの手引きで山越え密出国してベトナムのハノイヘ行き、ベトナムはパスポートを持たない脱北者の出国を認めないので鉄道でホーチミンまで南下し、カンボジアヘ密出国し、プノンペンから飛行機で無事成田に帰った。
 失敗のほう。これは四十七歳女と六十歳男の元在日だが、脱北して間がないためやせこけ、とても日本人観光客には見えなかった。それでも、前と同じ朝鮮族女性と四人、大連から広西まではたどりついたが、ここで一網打尽にやられた。脱北者二人は強制送還。著者は懲役八カ月。これは前にベトナムヘ逃がしたことを秘し通したから、初犯と見られて軽くてすんだのだろう。囚人たちの獄中生活はいかにも中国らしくて面白い。協力した中国女性が三十日余の拘束だけで釈放されたのは救いである。
 著者も書いているように、国連難民条約を批准していながら、脱北者を逮捕送還するのみならず、手をさしのべようとする人たちの行為を犯罪とする中国こそ、最も非道な国と言ってよい。これらの人たちは、中国に対して何一つ悪いことをしてはいないのだから。(『文藝春秋』’10.7)

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