墓標なき草原

楊海英『墓標なき草原 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録 』 (岩波書店)

〈日本の教育を受けた知識人たちが中国共産党に殺戮された秘史〉

 内モンゴルの現代史である。
 内モンゴルは現在中華人民共和国の一部「内モンゴル自治区」である。自治区と言ってもそこでモンゴル人の自治が許されているわけでないことは、チベット自治区」や「ウィグル自治区」と同様である。「自治区」というのはただのきれいごとであり、実際にこれらの地域を支配しているのは中国共産党である。
本書にこうある。
 〈「一つの幽霊がヨーロッパの大地を徘徊している。共産主義の幽霊だ」
  と、一八四八年にカール・マルクスは『共産党宣言』のなかで書いた。二〇世紀に、この「幽霊」は中国の漢族と結びついて、漢人共産主義者という特殊な集団が生まれた。この集団は少なくともモンゴル人にとっては悪魔のような存在となった。漢人共産主義集団の勢力拡大にしたがい、東アジアの大地に災禍がずっと続き、長城の北側に幸せに暮らしていたモンゴル人たちの受難の時代が始まったのである。〉
 本書が描き出す内モンゴル現代史とは、とりもなおさず、漢人共産主義集団すなわち中国共産党によるモンゴル人殺戮の歴史である。
 何ゆえか。中国とソ連は必ず戦争になる。ソ連・モンゴル人民共和国(外モンゴル)連合軍はまず内モンゴルに攻め入る。その際内モンゴルのモンゴル人は同じモンゴル人のよしみでモンゴル軍の側に立つ,そうなる前に内モンゴルのモンゴル人を殺しつくすのが中国共産党の方針だったのである。
 ところで、内モンゴルの知識人の大部分を輩出したのは内モンゴル東部である。この地域は、かつては「満洲国」であり、つまり日本であった。この、日本の教育を受けた知識人たちが主として中国共産党の虐殺の対象になった。
 本書の筆者(モンゴル人)は、トブシンという生き残りの老知識人に会ってモンゴル人の受難史を取材している。トブシンはかつて東京に留学し一高から東大に進んだ人であり、取材は日本語でおこなわれている。
 トブシンの妻デレゲルマも日本語を話す。この人は王爺廟(現ウラーンホト)の興安女子国民高等学校という日本の学校で、堂本(女)という先生に教わった。本書上巻の九四ページは、紋付袴〔もんつきはかま〕姿の堂本先生を中心に、周囲に女子生徒たちが立つ写真でかざられている。みなおかっぱ頭に白いブラウス、黒いスカートで、日本の女学生の写真とすこしもちがわない。この写真だけでも本書は買う価値がある。
 堂本先生は一九八七年と一九九一年にフフホト市をおとずれた。駅頭には当時の生徒たち約三十人が出迎えた、とある。日本の教育を受けて日本語を話すモンゴル人はまだまだ生き残っているのである。この写真は堂本先生所持のものである。生徒たちも持っていたが中国共産党に焼き捨てられた。デレゲルマも共産党によるさまざまな虐待を受けたことは本書にくわしい。
 いま内モンゴルの問題は、チベットやウィグルの問題ほど世界に知られない。それは、知識人が中国共産党によってほぼ殺しつくされたため声をあげる者がないからだと筆者は書いている。(『文藝春秋』'10.6)

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