怪談

幸田露伴『怪談』

 露伴は日本最後の知的巨人、ないしはバケモノである。こういうバケモノが昔はたまに出た。二十世紀に出なくなったのはなぜだかわからない。どんな子供も平均的な子供用の読みものがあたえられ、平均的学校で平均的教育を受けるようになって、優秀な子供が幼いうちに頭脳をフル回転させて性能を目一杯高めておくことがなくなったからかもしれない。中国は日本より退化がややおくれて銭鐘書あたりが最後のバケモノだろう。
 露伴の目は信じがたいほど多くの書物の上を走った。晩年に「若いころは毎日これくらい本を読んだ」と坐った膝の高さを示したそうだ。そしてその頭は整備された図書館か大型コンピュータみたいになっていて、目から入った本がすべてまるごとおさまり、必要に応じて事項なり文章なりがスルスルと出てきたのであるらしい。そのごく小さな例を一つ。
 『評釈猿蓑』灰汁桶の巻の「あつ風呂すきのよひよひの月」の項。風呂とは何か、とたちまち、保元、栄花、宇治拾遺、和名抄、万葉、源氏、枕草子から「室町将軍家の年中恒例記」なるもの、さらに甲陽軍艦、ト養狂歌集、鷹筑波集、京伝骨董集、三浦浄心見聞集等々々の関係個所がつぎつぎに引き出され、読者はただただあっけにとられるのである。
 その調子が漢籍にもおよぶ。昭和七年のくれ大河内信敬の家で鷭料理を御馳走になった時、同席した寺田寅彦が「先生、支那には鐘に血を塗るということがありますか」と露伴にたずねた。例の孟子梁恵王の牛の話である。われわれなら「うん、孟子にあるな。ゆえに君子は庖廚に遠ざかるというわけさ、ハハハ」といたって簡単だが、大型コンピュータは途端に材料がドドッと出てくるからそう簡単には参らない。「卒然として答へるには余り多岐多端なことであるから」と、帰って数日がかりでメモを作って寅彦に渡した。寅彦はもらったもののチンプンカンプンなのですぐ返し、もともとの自分の考えで「鐘に釁〔ちぬ〕る」という短文を書いて「応用物理」誌にのせた(岩波文庫『寺田寅彦随筆集』四にある)。それは、牛の血液中の油脂が皮膜になって鐘のこまかい割れ目をふさぐ、「かういふ皮膜は多くの場合に一分子だけの厚さをもつものであるから、割目の間隙が10-8〔10のマイナス8乗〕㎝程度である場合に此の種の皮膜が出来ればそれによって間隙は充塡され、その皮膜は最早流体としてではなく固体の如き作用をして、音波が割目の面で反射され分散されるのを防止し、鐘の振動を完全にすることが出来るであらう」というのである。
 いっぽうメモは幸田家に残っていて死後全集におさめられた。「釁考」である。これは血を(ないし犠牲を)儀式に用いる記述を古籍に求め一々検討したもので、孟子本文にはじまってその趙岐注、王筠説文釈例、応劭風俗通義、礼記雑記、大戴礼、周礼大司馬、司馬法、周礼小子、同羊人、同雞人、同天府、尚書顧命、爾雅、左伝、公羊、穀梁、漢書、国語、呂氏春秋……と五十数ページにわたってえんえんとつづく。
 寅彦と露伴はまったくのすれちがいである。寅彦は血液の皮膜による音波の変化に関心があって儀式なんぞは知ったことでないし、露伴にとっては儀式に用いる血の実用的効果など問題外である。寅彦が死んだあと書いた「寺田君をしのぶ」で露伴はこのすれちがいをなつかしく思いおこしている。これもまた一種の君子の交わりなのであった。
 この「釁考」が露伴の学識の恰好の説明になるのは、露伴はもともと釁に特段の関心があったわけではなく、偶然の質問に答えたものであるからだ。つまり露伴は、何について問われてもこの「釁考」程度の返事ができる人だったのである。
 もっとも「釁考」に用いているような歴とした典籍なら、スラスラと出てくる人が従前はいくらもいた。露伴のすごいところは、その他黄老釈家詩文典志戯曲小説俗書雑本なんでも知っていたことだ。
 ごく気軽で楽しいものをひとつ御紹介しよう。「怪談」(昭和三年。全集十八)は史上のおばけ話について思いつくままに雑談したもの。そのおしまいのほうにこうある。
  清になつて聊斎志異は何といつても怪談幽霊話妖異譚の頭株である。これも作者の文才学識を示すべく、俗文でなく、しかも自在に揮灑されてゐる。相当に褒めてもよい。然し要するに田舎先生のコツコツと丹念に書いたもので、イヤに気取った評論を插んだり、飣餖成文の痕が見えてゐたりして、雋気の乏しいものであるを免れない。斉天大聖の条に、孫悟空は即ち邱翁の寓言、といってゐるなぞも学問稗販の書の外に出ないことを示してゐるので、邱翁何ぞ猴精を幻出せんやである。
 聊斎はなにしろキチンと整った文章で、文言文のリズムを体得するにはあれを音読するのが一番とかねがねわたしは言っているのだが、露伴のような通人から見れば、なるほど田舎秀才が肩いからせた底の浅い文章なのであるにちがいない。
 ついで閲微草堂筆記について言う。
  志異はちと悪く言ひ過ぎたか知らぬが、これは撰者からしてが段違ひだから、気取り気も余り無く、もとより推敲などしたものでもなく、すらすらと浅川に水の清く流るゝが如くに書かれてゐるが、流石に観奕道人である、腹中万巻の書があって筆下生花の才もある人であるから、無造作に何のこだはりも無く書かれた中に、中〻おもしろいところが多い。たゞし何れも小品であるから、且又青年男女の心を惹付けようといふ意が有るのでも無いから、身にしみ込むやうな人情談的のおばけ話は割合に少いが、虚実不分明、作意の有無定かならぬ中に、諷刺の如く、勧懲の如く、寓意談の如く、又然様でも無い写実式の如く、ふわりと物惜みせずに、敷衍すれば何程かの長い談にもなるものをも大富豪が銀器や蒔絵の器を何でも無く扱ふやうに無頓着に扱つてゐるところは、何と云つても面白い。普通支那小説に臨むやうな態度を以て此書に臨めば必ず失望するだらうが、学問も有り、浮世の事も知つてゐる、枯れたおぢいさんに勝手な談をさせて、それを聴いて居ると思って素直に読めば甚だ面白い。
 そのあと紀暁嵐が、ともにほっぺたに大たんこぶを有する文官と武官とを面晤させるいたずらをやった話を紹介して、 「道人は斯様なことをして、そして双瘤対面の場を想像して書斎の中で引くり反って笑つてゐたのである。かゝる無邪気の大茶目大人紀文達公の妖怪神鬼の譚であるから、怪談だか何だか分らないやうなものも有り、そして読者がうつかりして居ると其大たんこぶの持主のやうに扱はれてゐるのでは無いか、と思はれるやうな節も稀には有るのである。しかも二十四巻といふ分量であるから、先づ以て怪談文学の拇指としてもよい」と評価している。
 紀暁嵐は、ふつうならどれほどの仕事をしたかしれない大学者だが、四庫全書の提要に生涯の精力を傾注してしまった。万巻の書どころではない。この世にありとあらゆる書を全部読んだ古今の大バケモノだ。東海小島のバケモノとしてはうたた親愛の情にたえぬのである。
 それはともかく、上に見るごとく露伴の文学談義は、今の人の矮小な「研究」なんぞとはことちがい、驚異的読書量と確かな批評眼に支えられた軽妙にして豁達自在のものだから、どれを読んでも楽しいのである。
(『東方』'94.9)

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