日本文化を語る

周作人著、木山英雄訳『日本文化を語る』(筑摩書房)

 日本には千年の昔から今日只今にいたるまで「中国大好き」という人がゴマンといる。
 逆に中国に「日本大好き」という人がどれだけいるかとなると――多分その数は限りなくゼロに近いだろう。
 もっとも完全にゼロというわけではない。すくなくとも一人はたしかにいたのであって、それが周作人という人である。この人が兄の周樹人(すなわち魯迅)につれられて日本へやってきたのは、一九〇六年(明治39)、二十一歳の時であった。以後五年間を東京でくらし、立教大学でイギリス文学とギリシャ語を勉強した。
 その間に彼は日本を愛するようになったのだが、それは、日本人の生活様式とか生活気分とかいうものが、この人の生来の気質にしっくりと合った、ということなのだった。畳のへやにごろんところがるとか、着物に下駄ばきでぶらりと夜店をひやかしに行くとか、下宿のごく質素な食事とか、周囲の日本人のさっぱりとした性格とか、そうしたことが彼にとってはいかにも気楽で居心地がよかったのだ。
 周作人は、一九一一年、日本人の妻を伴って帰国し、やがて北京大学の教授になった。知日派、親日派の高級知識人として知られた。当然、中国へ来る日本人たちとのかかわりも多かった。
 ところがそのころ――日本でいえば大正から昭和初年にかけてのころに中国へ来る日本人というのは、まったくロクでもない連中が多く、周作人の顔を汚い雑巾でさかなでするようなことばかりした。だから周作人は、いっぽうでは顔をしかめながら無礼な日本人たちに苦言を呈し、いっぽうでは彼以上に顔をしかめている中国人たちにむかって、いやいや日本人というのは本当はとってもいい人たちなのだよと弁護してやらねばならぬのだった。
 周作人はその生涯にたくさんのエッセイを書いた。そのなかには日本および日本人に関するものも相当量ある。木山英雄訳『日本文化を語る』(一九七三年、筑摩書房)は、周作人の数多い随筆集から、そうした日本関係のものを訳者の木山氏が取り出して編成した本である。
 これはまことに珍重愛惜すべき本だ。なぜというに、周作人の原文と木山氏の訳文とがそろって一級品という、めったにない本だからである。
 木山氏の訳は、単に原文の意味をつたえているだけでなく、その呼吸を移している。時には原文の上を行っているのではないかと思われることさえある。中国現代文学の翻訳で、この『日本文化を語る』を越えるものを、すくなくともわたしは知らない。
 たとえばこの本の最初の一篇「日本の人情美」、原文は周作人が一九二五年に書いて随筆集『雨天的書』におさめた「日本的人情美」、その冒頭はこうだ。
外国人が日本の国民性を云々するとき、きまって忠君ということから切り出すのは、少々見当がちがうのではなかろうか。なるほど日本の昨今の尊君教育は旺盛なものだし、外国との戦争に際してはその少なからぬ成果が示されもした。だがそれはどうやら外来の影響にすぎなくて、日本の真の精神を代表しうるほどのことではないらしいのだ。
原文はこうである。
  外國人講到日本的國民性,總首先擧出忠君來,我覺得不很的當。日本現在的尊君敎育確是隆盛,在對外戰爭上也表示過不少成績,但這似乎只是外來的一種影響,未必能代表日本的眞精神。
 「講到」を訳して「云々する」、「首先擧出」を「ということから切り出す」、「不很的當」を「少々見当がちがう」、「確是」を「なるほど」……、実によくこなれている。日本語の文章になりきっているのだ。
 しかも文章にリズムがある。どうかこの二つの文章を、句読点の所でゆっくり間をおきながら、声を出して読んでみてほしい。原文には中国語のリズムがある。訳文には日本語のリズムがある。双方ともそれぞれにこころよい。そして両者が過不足なく対応している。わたしが「これを越えるものを知らない」と言うのが決して大仰でないことを、わかっていただけると思う。
 もう一例。これも一九二五年のもので『談虎集』所収「日本與中國」、訳題「日本と中国」、の一節である。
  中日間の外交関係のことはいわぬにしても、それ以外の面で彼らが私どもに与える不愉快な印象もすでに相当なものだ。中国にやって来る日本人の多くは浪人と支那通である。彼らはまるで中国がわかってない。僅かに旧社会の上っ面を観察し、漢詩の応酬だの、中国流の挨拶だの、麻雀や芸者買いだのをおぼえたばかりで、すっかり中国を知った気になっているが、何のことはない、中国の悪習に染まり、いたずらによからぬ中国人の頭数を殖やしたようなものだ。
 原文は左の通り。
  中日間外交關係我們姑且不説,在別的方面他給我們不愉快的印像也已太多了。日本人來到中國的多是浪人與支那通。他們全不了解中國,只皮相的觀察一點舊社會的情形,學會吟詩歩韵,打恭作揖,叉麻雀打茶圍等技藝,便以爲完全知道中國了,其實他不過傳染了些中國悪習,平空添了個壊中國人罷了。
 周作人といえば日本軍の侵華以後について述べねばならぬのだが、それはまたこの次に――。
(『東方』'91.6)

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