国語という言葉 (3)

 「国語」という日本語は日清戦争後、十九世紀末から広く用いられるようになったのだが、『日本国語大辞典』第二版が、それまでの「国語」という語(字並び)を丹念に集めてくれている。早いものから二三御紹介しよう。日国引用のまま。
 まず『秉燭譚』(一七二九)。八代吉宗の享保年間だから早い。著者は伊藤東涯。
  〈日本にて文尾に必あなかしこと書き(略)あなとは国語にて発語の音、〉
 次に早いのは『解体新書』(一七七四)。
  〈凡有物必有羅甸与国語、今所直訳、悉用和蘭国語也〉
 羅甸はラテン、和蘭はオランダ。
 次は『篶録』(一八〇九)。
 〈蓋西洋諸国各々有其国語其国則不行〉
 これらを見ると江戸時代の人は、世界には数々の国があって、国ごとにその国の言語が一つある、と考えていたようである。英国には英語、オランダにはオランダ語、といったふうに――。それが各国の「国語」だ。明治二十年に肥塚竜が「日本ニ第二ノ日本語ヲ作ルベシ」「英語又ハ仏語ヲ以テ日本第二ノ国語トナシ」と主張したそうだが、この「国語」は「国の言語」の意である。そして諸国の国語のうちで日本で用いられているのが日本の国語である。なお諸国にまたがって通用するのが西洋ではラテン語、東洋では漢文(どちらも読み書きだけの言葉)、と思っていたわけである。
 だから日清戦争後、一九〇〇年ごろからとはだいぶちがう。一つはもちろん、以前は国語という言葉がそうポピュラーではないことである。一つは一九〇〇年前後からは日本の言語つまり日本語だけを指すことである。日本の領土内ではどこでも国語と言う。そこの人がしゃべっているかどうかは関係ない。

 日露戦争後朝鮮半島が日本の支配下に入り、一九一〇年(明治四十三年)に日本の領土になった。つまり日本になった。わたしどもが子供のころの世界地図は、日本は赤く塗ってあるのでくっきりとわかった。今の日本よりよほど広いが、特に広いのが朝鮮と台湾であった。子供だから歴史経過などは知らない。北海道や九州が日本であるのと同じく朝鮮と台湾も日本であった。
 もちろんこの時、一九一〇年から、朝鮮の人たちの「国語」は日本語になった。実際には朝鮮語をしゃべっている。子供たちは家でも近所でも朝鮮語を聞き話して育つ。学校にあがると先生は朝鮮語は一切使わず、「国語」で授業する。台湾と同じである。
 「日本語」はそんなことはないが、「国語」は険悪な暴力的な部分を持っていたのである。

(つづく)

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