連行という言葉

 好きでない言葉は数々ある。種類も理由もさまざまである。
 「連行」という言葉を近年よく見る。「朝鮮人強制連行」の形でよく出てくる。この「連行」という言葉がどうも好きでない。――いやもちろん、朝鮮人強制連行という歴史問題についてどうこうと言うわけではない。「連行」という言葉についてです。
 意味は誰でもわかる。つれてくる、ということである。このばあい「行」の字を主にこちら向け(日本向け)の意に用いている。あちら向けのばあいも同じだろう。
 「連行」は「つれてくる」「つれてゆく」だが、イコールではない。
 「子供が友だちを家へつれてきた」はごくふつうだが、「子供が友だちを家へ連行した」とは言わない。「先生が子供たちを海水浴につれて行った」はふつうだが、「海水浴に連行した」とは言わない。連行はつれてくる・つれてゆくであるが、当人の意にかかわらず(反して)強制的に、のニュアンスがある。
 つれてくる、つれてゆく、の「つれて」は「つれる」に「て」がついた言葉である。
 鈴木孝夫先生の『日本語と外国語』('90岩波新書)にこういうことが書いてある。――日本語(本来の日本語つまり和語)と英語をくらべると、日本語は一つ一つの語の抽象性が高く意味が広くしたがって語の数が少い。英語は語の個別具体性が強くしたがって語の数が多い、と。このことは日本語と漢語(漢字)についても言えるだろう。
 日本語の「つれる」も意味領域が広いが、大きく①上位者・主動者が帯同する、ひきいる、と、②同位者・類同者がそろって同じことをする、の二つにわけられるだろう。
 ①は単に「つれる」と言うことはまずなく、「つれてゆく(くる)」の形を取る。「先生が子供たちを海水浴につれてゆく」もしくは「先生が子供たちをつれて海水浴にゆく」である。「先生が子供たちを海水浴につれる」とは言わない。「友だちを家へつれる」と言えなくはなく、言う人があるかもしれないが、ふつうは「友だちを家へつれてくる」である。この①の「つれる」にあたる漢語(漢字)は「帯」「率」「領」あたりである。「連」ではない。「朝鮮人をつれてくる」を「連行」と言うのにわたしがいやな感じがするのはその故である。
 「つれる」の②「同位者・類同者がそろって同じことをする」は通常「つれだって○○する」の形を取る。「子供たちがつれだって山へ栗拾いにゆく」などである。単に「つれる」と言うことはまずない。「子供たちがつれて山へ栗拾いにゆく」とは言わない。
 幼稚園の時、毎日のおしまいの歌は「今日の遊びはすみました、みなつれだって帰りましょ、…」であった。「つれだって」は幼稚園児にもわかり、言う語である。「つれだって」は「つれる」と「たつ」に「て」がついた語である。この「つれる」が「そろって(何かする)」の意であることは誰にもわかる。「たつ」はどういう意味なのだろうか。国語辞典の「たつ」の項には種々さまざまの意味が書いてあるが、その中では「勢いよくある行動をおこす」あたりだろうか。「勇み立って」などの「たつ」と同類か。
 ②の「つれる」は「つれになる」「道づれ」などの「つれる」である。同様のものが相並ぶ意である。「連」は、つながる、つらなる意の語(字)であるから、この②の「つれる」に「連」の字を書くのは適当だろう。しかし①の「つれる」(上位者・主動者が下位者・被動者を帯同する、ひきいる)に「連」を書くのは不適当である。「朝鮮人を日本へつれてくる」の「つれる」は①であるから、「連行」は見て不快なのである。
 つれてくる(ゆく)の「連行」はいつからある語なのだろう。日本国語大辞典「れんこう連行」項では②である。こうある。
  〈②本人の意志にかかわりなくつれて行くこと。特に、警察官が犯人または容疑者などを警察署につれて行くことをいう。*警察官職務執行法(1948)二条・三「派出所若しくは駐在所に連行され」〉
 なんと戦後の昭和二十三年にできた語なのですね。それも警察用語である。この法の文を作った役人は、つれて行くのつれるの漢字は「連」だからつれて行くは「連行」だ、とこんな法文を作ったのだろう。いやな感じがする語であるのも当然だ。
 戦前戦中の日本人が朝鮮の人を強制的に日本につれてきたのを一九九〇年ごろかそこらに「朝鮮人強制連行」と表現した人は、警察官が犯人・容疑者を警察署へつれて行くのと同じ形、同じ性質の行為と見て「朝鮮人強制連行」と言ったのではなかろうか。多分そうでしょうね。

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