ヤギ 山羊 (2)

 次は漢字表記についてのべる。漢字表記は、この動物(いま日本でヤギと呼んでいるこの動物)を指すとは限らない。
 いま日本でヤギを漢字で書く際、たいがいの人が「山羊」と書くのであろうから、この字について最初に申します。これで「ヤギ」とよむ。初めの所で言ったように、なんで「山」をヤ、「羊」をギとよむのか、気にしないようである。
 『大漢和辞典』(大修館書店)の「山羊サンヤウ」の項に「〔説文〕□〔「鹿」の下に「咸」の字…以下同〕、山羊而大角者」とある。「説文」は『説文解字』、A.D.100年にできた漢字典である。「山羊而大角者」とある。「山の羊であってツノの大きなもの」の意である。ここの「山羊」は についての説明である。□は、山にいる、羊に類する動物である。
 □は無論ヤギではない。二千年も前の中国の山にいた野生動物である。ヤギは十六世紀にオランダ人が日本へつれてきた家畜である。ここ(説文解字)に「山羊」という漢字列があるが、ある特定の動物を指す語ではない。□についての説明の語である。
 日本において「山羊」という漢字列をある特定の動物を指すものとして用いた最初の文献例は、杉本文によれば、平沢元愷『瓊浦偶筆』(一七七四)である。これに「ヤギウ 山羊与本艸綱目載山羊不同」とある。
 平沢元愷は京都の漢学者で、この本は長崎に遊んだ時のことを書いたもの、とのことである。「遊んだ」とは旅行した意である。
 ここで平沢元愷は「山羊」という漢字列をある特定の動物を指す語として用いている。多分いまの日本語で「ヤギ」と呼ぶ動物を指すのだろう。「ただし本草綱目〔ほんぞうこうもく〕に出てくる山羊ではありませんよ」と注釈を加えている(艸と草とは同じ字の二つの書きかた)。
 『本草綱目』は中国明〔みん〕代の物名研究書。植物・動物・鉱物について、その名と、それが指すモノについて研究した本である。
 これに「山羊」の項があり、『大漢和辞典』によれば「釈名、野羊・ 羊、集解、弘景日、山羊即爾雅峻羊、出西夏、似呉羊、而大角、……(引用長い)、謂之山羊」とあるよし。つまり本草綱目に「山羊」の項があって説明があるが、いま(十八世紀後半)日本でヤギと呼んでいる動物と、本草綱目の「山羊」の項で言う動物とは、別の動物ですよ、ということである。これも当然である。本草綱目の「山羊」は中国の山にいる野生動物であり、日本の「ヤギ」はオランダ人がつれてきた西洋の飼育動物(殺してその肉を食うために飼っている動物)なのであるから。
 本草綱目の「山羊」について杉本文は「文字どおり山にいる羊の一種で、カモシカのようなものをさすようだ」と言っている。
 杉本文によれば、漢字列「山羊」を直接「ヤギ」と読んだ最初の例は『英和対訳袖珍辞書』の再版本(慶応二年刊、一八六六)である。江戸時代末期の英和辞典である。「袖珍」はポケットの意、つまりポケットに入るような小型の英和辞典である。初版本が文久二年(一八六二)に出ている。それではGoatの訳は「野牛」である。四年後の再版本でGoatの訳が「山羊(ヤギ)〔ヤギ〕」になっている。――以上は日本語「ヤギ」の話である。
 次は漢字語の話。
 この動物を指す日本の漢字列で、杉本文があげる最も早いものは、新井白石『西洋紀聞』『采覧異言』の「ボッコ(ヵ) 野牛」である。「ボッコ」はオランダ語Bokである。これは英語のgoatに当る。すなわちヤギである。日本語は開音節語であるから音節末に母音がつく。つまりBokは日本語にすると、ボッカかボッキかボックかボッケかボッコかになる。白石はその代表としてボッコとボッカをあげているわけである。
 白石はボッコに相当する漢字列を「野牛」としている。白石と「野牛」について杉本文に左のようにある。
  〈白石の〈野牛〉は長崎通詞、今村英生から教授されたことはつきとめ得たので、まず長崎での〈ヤギ〉の使用や表記を考えてみることにした。〉
 これで全部である。たったこれだけである。白石と「野牛」にかかわるのはこの前半だけである。白石の「野牛」は長崎通詞の今村英生という者から教えられた、とたったこれだけである。今村英生なる通詞についての紹介もない。「つきとめ得た」と言うが、何によってつきとめ得たのか、何もない。何か本で見たのなら、それがどういう題の本かどういうことを書いた本か、ちょっと書いといてくれたらよさそうなものだが何もない。誰かに話を聞いたとか小耳にはさんだとかなら、ちょっとそう書いといてくれたらよさそうなものだが何もない。ただ「今村英生」という漢字四字は明確に書いてあるので、何かで見たのだろうが、それならちょっと何で見たのか書いてくれてもよさそうなものだ。なんでこんな不親切な、舌足らずな言いかたをしたのか、ふしぎである。
 白石が『西洋紀聞』『采覧異言』に「ボッコ(ヵ) 野牛」と書いた時、四足の哺乳類の動物を考えたことは確かだろうが、いま日本語で「ヤギ」と言う動物を思い浮べていたかどうか。今村英生は長崎通詞でヤギ(今われわれがヤギと呼んでいる動物)を見たことのある人であり、その人が説明したのだから、だいたい思い描き得たのではなかろうか。それを「野牛」という漢字二字で書いたのである。白石が「ボッコ 野牛」と書いたのは一七〇〇年前後のことだろう。
 杉本文が引く、書いた時期がはっきりしている漢字列「野牛」は、先にも引いた広川獬の『長崎聞見録』(寛政九年刊、一七九七)である。白石より百年ほどあとである。この広川という人は医者であり学者である、とある。平生は江戸にいた人なのか京都にいた人なのか杉本文には書いてないが、長崎に前後六年滞在したとある。前にも言ったようにこれは絵つき研究である。項目見出しは「野牛〔やぎう〕」で、本文のおしまいに「野牛〔やぎう〕ハ和名(わみやう)〔わみやう〕也」とある。すなわち「野牛〔やぎう〕」は日本語である。
 杉本文が引くこれとほぼ同時代の、長崎通詞楢林重兵衛の『楢林雑話』(寛政十一年、一七九九)にはこうある。
  〈玉をやはらぐるには、ヤギ(野牛)の血をぬる、〉
 長崎では「野牛」と書いて「ヤギ」と言っていたようである。
 杉本文によれば、上の『長崎聞見録』と同じ一七九二年に江戸で成立した宇田川玄隨『西洋医言』には、
  〈野羊謂之勃窟〔ボク〕〉
とある。六年後の森島中良『類聚紅毛語訳』(寛政十年、一七九八)にも、
  〈野羊〔ヤギ〕 ボック〉
とある。漢字表記が「野羊」になっている。「野」は「蛮」の意、つまり「西洋人の」の意かもしれない。羊はもともと日本に棲息する動物ではないが羊という動物のイメージはあって、ヤギ(今われわれがヤギと呼んでいる動物)は牛というより羊に近いから、江戸では字を変えて「野羊」と書いたのかもしれない。いや、杉本文がそう推測しているわけではありません。わたし(高島)が勝手に思っただけ。
 ほかにもこのころ江戸で書かれた本で「野羊」と書いたものを杉本文があげている。「野羊」と書いて「ヤギ」と読めば、「羊」の字をギと読むことになる。杉本文は「〈野牛〉が西、長崎を発生源とし、〈野羊〉は東ということはほぼ確実だと思う」と言っている。
 杉本文によれば漢字列「山羊」は中国語から来たものらしい。釈顕常『学語篇』(明和九年刊、一七七二。これは中国語の語彙集のよし)に「山羊」が出ているそうである。日本の本では、幕末、宇田川榕庵(ヨーロッパの自然科学を専攻した動物学者とのこと)の学術用語辞典に、
  〈bok.母山羊、メヤギ〉
とあるよし。同書は中国語訳を尊重して訳語を選定しているので、「山羊」(中国俗語)も江戸においては一般的だったのだろう。と杉本文は言っている。「俗語」は口語の意。
 つまり、漢字「山羊」は中国語、中国の話言葉、という次第なのであった。
 わたし(高島)は中国の動物のことなんかまるっきり知らない。しかし、想像するに、ヤギ(いま日本人がヤギと呼んでいるあの動物)は、もともと中国に棲息する動物ではなくて、やはりいつのころか西洋人がつれて来たものだろう。それは、上に言ったように、明〔みん〕代の書である『本草綱目』に漢字列「山羊」は見えるけれども、それはヤギ(いま日本人がヤギと呼んでいるあの動物)ではなくて、中国の山にいるカモシカのような野性動物であることからもわかる。
 西洋人が中国へヤギ(といまわれわれ日本人が呼んでいるあの西洋人の飼育食用動物)をいつつれてきたか知らないが、まあ明〔みん〕代だろう(ヨーロッパ人が地球上のあちこちの地域へ多数出かけて行って観察したり支配したりするのは中国の明代に当る時期だからである。明は十四世紀後半からである)。それを見て中国人のだれかがshān yáng(シャンヤン)と言ったのだろう。中国は広くて何千万も何億も人がいる。明代に本草綱目の著者の学者が自分の著述の中で漢字列「山羊」を山にいる一種の動物を指すものとして用い、西洋人がつれてきたヤギ(といま日本人が呼んでいる動物)を見たその地方の中国人がshān yángと呼んだとて、何のふしぎもない。
 西洋人がつれてきた飼育動物をその中国人がなんでshān yáng(山羊)と言ったのか、つまりなんで「山」をつけたのかわからないが、あるいは「蛮人の」(西洋人の)のつもりかもしれない。もちろん、単なるわたし(高島)の想像、思いつきである。
 いま中国であの動物がshān yángと呼ばれていることはまちがいない。英漢辞典でgoatを引くと「山羊」とある。倉石中国語辞典(中国人の話し言葉の辞典)でshān yángを見ると、日本語訳「山羊」とある。日本でヤギを「山羊」と書くのは、字は中国語なのである。それを強引に直接「ヤギ」と読んでいるわけだ。
 以上かんたんにくり返すと――
 この動物は多分室町ごろにオランダ人が長崎へつれてきた。日本人(主として通詞)はこれをオランダ語でそのままボッコ・ボックなどと言い、字で書く時は「野牛」と書いた。これを音声で読む時は、ヤギウ・ヤギと言った。江戸時代にこの動物は日本の東にひろがり、呼名のヤギウ・ヤギもともなった。江戸では字で書く時は「野羊」と書いた。漢字「山羊」は中国語である。これも広く使われるようになった。今の日本人はこの漢字「山羊」を直接「ヤギ」と読んでいる。しかしもともと日本語「ヤギ」と中国語の漢字「山羊」とは由来がちがい無関係なんだから、「山」をヤとよみ「羊」をギとよんだわけではない。以上、日本語ヤギの朝鮮語由来の線は出てこなかった。多分その線はないのだろう。

ヤギ 山羊 (1)

 メエ メエ 森の小山羊 森の小山羊……
 たいがいだれでも知っている、歌える。なんで山羊がヤギなのだろう、「山」がヤで「羊」がギなんだろう、と思う人はまずいまい。しかし考えてみるとふしぎである。なんで山がヤで、羊がギなんだろう。
 今回はこの件について申しあげます。
 多くを、杉本つとむ先生の「Bok〔ボッコ〕と〈野牛〔ヤギ〕〉の論――蘭・支・日の言語交渉」(『杉本つとむ日本語講座7国語学の諸問題』昭55桜楓社、所收。以下「杉本文」と呼びます)に負っている。杉本文がたよりです。
 ただし杉本文は、問題はたかがヤギのことなのだが、非常にむつかしい。少くともわたしにはむつかしい。二へんや三べん読んだのでは、何が何やらわからない。むつかしいのは、一つには、引用されている文献が多いゆえもある。また一つには、この動物のことと、「ヤギ」という日本語のことと、漢字表記のこととが、ごちゃまぜに出てくるゆえもあるようである。問題はヤギのことなのだからごちゃまぜに出てくるのはやむを得ないのだが、それゆえに話がややこしい。なお漢字表記は必ずしもヤギを指すとは限らない。
 すでに杉本文があるのにわたしがこの文を書こうと思ったのは、わたしのわかる範囲で整理してみようと思ったゆえである。
 それで大きく、この動物のことと、「ヤギ」という日本語のことと、漢字表記のこと、三つにわけて申します。
 この動物はもともと日本(日本列島)に棲息する動物ではない。それを呼ぶ日本語の名もない。
 杉本文によれば江戸時代にオランダ人が長崎へつれてきた。新鮮な肉を食うためである。
 杉本文が引いている文献のなかで、しろうとのわたしが見てもこれはまちがいなくヤギだとわかるのは広川獬『長崎聞見録』(寛政九年、一七九七)である。絵が出ている。ヤギの絵である。ただし「ヤギ」とは言っていない。
 広川獬は医者で本草〔ほんぞう〕学者(動植物学者)である。長崎には六年滞在したとのこと。そこでこの動物を見て写生し、自著に取りこんでいるのである。左のごとく説明がある。
  〈   野牛  〔やぎう〕 
  野牛は。唐人蛮人〔たうじんばんじん〕食料〔しよくれう〕とするなり。稲佐立〔いなさたて〕山辺に飼(か)〔か〕ひおきて。唐人蛮人にうる亊なり。其かたち犬〔いぬ〕に三倍〔ばい〕す。ぶたに比〔ひ〕すれば、甚小きものなり。味ひもまた。ぶたに及ばず。しかれどもいたって温物〔うんぶつ〕なれば。嗜〔たしなむ〕もの多きをもって。ぶたよりも高い價〔あたい〕なり。毛〔け〕色はみな白色なり。よく人に馴〔なれ〕て。食〔く〕ふには忍〔しの〕びざるものなり。
                            羊の類〔るい〕なり
                            漢名〔かんみやう〕未詳〔つまびらか〕 
                            野牛和名〔やぎうわみやう〕也                    〉
 味はぶたに及ばないとあるから食ってみたのかもしれない。しかしまた食うにはしのびないとあるから、食わなかったのかもしれない。
 羊の仲間だとある。中国で何と呼ぶか知らないとある。野牛〔やぎう〕は日本語だとある。
 つまり十八世紀の末ごろまでにこの動物が長崎へ来ていたことはたしかだが、名は野牛(や ぎう)〔やぎう〕と呼んでいたらしい。
 杉本文が引く楢林重兵衛『楢林雑話』(寛政十一年、一七九九年ごろ)にこうある。行割注は字が小さいのでカッコつきになおして引きます(以下の引用文も同じ)。
  〈玉をやはらぐるには、ヤギ(野牛)の血をぬる、(浅草獣店にもヤギあり)又野牛の血にて煮てこれを刻するも可なり。〉
 楢林重兵衛は長崎通詞だが、この本は楢林がエゾ出張より江戸に帰府した際、浅草見物などした際に〈ヤギ〉を見ることもあったからだろう、と杉本文にある。浅草に獣店なるものがあり、生きた動物を売っていたらしい。長崎からはるばる江戸まで生きた動物を運び売っている業者があったものと見える。ここではカタカナでヤギと書いている。楢林は長崎通詞だから長崎でヤギを見て知っているだろう。その楢林が浅草の獣店で見た動物はまちがいなくヤギであったに相違ない。
 この動物は十八世紀末以前に日本へつれて来られ、江戸まで運ばれていた。
 この動物の日本語の呼名「ヤギ」は、杉本文で見るかぎり、一七九九年ごろの楢林重兵衛が最初である。しかし多分この時に楢林が初めてこの動物を「ヤギ」と呼んだのではなく、その前から日本語「ヤギ」はあり、用いられていたのだろう。
 ここでちょっと杉本文を離れて『日本国語大辞典』第二版(日国)の「やぎ」の項を引いてみると、引用文献の最初はこうである。
 〈日本国考略(1523)寄語略―鳥獣「羊 羊其(ヤギ)〉
 「日本国考略」なるもの、題目を見たこともない。何を調べても出てない。
 ところが連合出版の八尾さんが、早稲田大学の図書館にあることを何かで見つけ、全文をコピーして送ってくれた。感激す。近ごろは、どこにどんな資料があるかを探索できる仕組〔しくみ〕ができているらしい。便利な世の中になったものだ。
 抄本(手書きの本、写本)である。四十九葉、つまり今〔いま〕式に言えば九十八ページ。題簽〔だいせん〕(表紙のタイトル)「重刊日本考略」、中の書題は「日本国考略」ともある。つまり「日本考略」と言っても「日本国考略」と言ってもよい。同じこと。
 中国明〔みん〕の嘉靖〔かせい〕年間、十六世紀の前半、日本で言えば室町時代に、定海〔ていかい〕の人薛俊〔せっしゅん〕が書いた本である。今の中国地図を見ると、浙江〔せっこう〕省の東部の海(日本式に言えば東シナ海)の中、ただし大陸すれすれの所に舟山〔しゅうざん〕という島がある。定海はこの舟山島の中の町である。だから薛俊という人は中国の人と言っても海の人だ。「日本考略」はこの薛俊が日本のことを書いた本である。薛俊はこの定海に住む知識人であろう。
 この本の中に「寄語略」という部分がある(寄語略の「寄」は「訳」の意と自分で注釈をつけている)。日本語の単語ごとの発音を、もちろん漢字で、書いてある。その中に「鳥獣類」という部分があって、牛、鶏など生きものを言う日本語を十一語あげてある。日本にいるあまたの生きものの中からたったの十一だが、その一つとしてシラミをあげてあるのには恐れ入った。見出し漢字(中国名)は「蝨」、発音は「失辣水」とある。この発音の「水」はおかしい。日本語のシラミを聞いてその発音を漢字で書いた人は「失辣米」と書いたにきまっている。それを書き写した人が写しまちがえて「失辣水」と書いたのである。つまりこの手書き本は、日本人の日本語を聞いてその発音を漢字で書いた人の元の本ではなく、それを日本語を知らない中国人が書き写したものである。だから「米」を「水」と写したような写しちがいが多い。
 この鳥獣類十一語の中に「羊(羊其)」とある。つまり羊のことを、日本人は「羊其」と発音する、というのである。日本国語大辞典の引用文献の所には「羊其(ヤギ)」とあって、あたかも日本考略に「ヤギ」としるしてあるようだ(日国を引いた人は当然そう受け取る)が、これは日国の編輯者、もしくは編輯者に材料を与えた人が勝手にやったことである。こんなインチキをやっちゃいけない。「羊」は多分日本語の「ヤ」の音を写したのだろうが、「其」は「キ」なのか「ギ」なのかわからない。常識的には日本語の「キ」の音を写したものと見るべきだろう。
 つまり薛俊は、日本には羊がいる、それを日本人は「羊其」と呼んでいる、と判断してそう書いたのである。十六世紀の前半ごろ、多分「ヤキ」あるいは「ヤギ」という日本語があったわけである。
 日国が次に引くのは十八世紀末の文献だから杉本文と同時代である。この日本国考略なる文献がとびぬけて早い。
 ともかく「ヤギ」という日本語は十六世紀までにはできていたようである。
 日国には「語源説」という項がある。「ヤギ」という日本語がどこから出てきたかについて考察した学者の考えである。こうある。
  (1)「羊」の朝鮮音ヤングから〔外来語の話=新村出・大言海・外来語辞典=荒川惣兵衛〕
   (2)ヤギウ(野牛)の訛りか〔大言海・国語の中に於ける漢語の研究=山田孝雄〕。
 朝鮮語ヤングから、というのと、ヤギウ(野牛)から、というのと両説あるらしい。
 山田孝雄『国語の中に於ける漢語の研究』(昭和十五年宝文館出版)を見ると第六章「源流の観察」のなかにこうある。
  山羊(専ら「ヤギ」とよぶは古く野牛(や ぎう)〔やぎう〕といへるよりその訛か。)
 これで全部である。つまり、「ヤギ」という日本語は野牛(や ぎう)〔やぎう〕のなまりか、と言っているだけである。そう考える理由や筋道については何も言っていない。
 朝鮮語ヤングから、というのもその程度のことなのだろう。
 なおわたしは朝鮮語を知らない。ヤギのことを朝鮮でヤングと言うのかどうか、言うとすればどんな発音なのか知らない。
 つまりこの動物のことをいま日本語で「ヤギ」と言うが、この「ヤギ」という日本語はどういう由来かどこから来たかわからないのである。
 これはふしぎでも何でもない。動物の名の由来なんぞはたいていわからない。イヌのことをなぜイヌと言うか、カラスのことをなぜカラスと言うか、わかるはずがない。
 ヤギはイヌやカラスとちがってこの動物が比較的近いころに伝えられたものだから、名の由来がわかるかと思ったが、やっぱりわからない、ということである。

(つづく)
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たかしまとしお

Author:たかしまとしお
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